アサリ漁場造成の経緯

アサリ貝は、昭和56年度生産量9,400tをピークに激減し、昭和60年代には全く生存しない漁場となり、アサリ・ハマグリ漁業者も他に生活の場を求めに行いきました。組合は、資源の回復を図る為に、他県から稚貝を購入し蒔き付け事業を継続で実施したり、浮泥の堆積を防止し稚貝の発生環境を作る為に、漁場作れいして淡水を導流したり、また、その廃土を盛砂したり等、いろいろと試行錯誤をしましたが、一向に成果は上がりませんでした。

アサリの浮遊幼生は時期になると現れますが、当漁場に着定しても数ミリ程度までは成長し、大きくなる前にへい死していました。そこで、当時の藤森理事(現在の藤森組合長)が砂質が原因ではないかと考え、平成7年7月に熊本市を事業主体として、熊本県赤瀬沖漁場の白砂を「盛り砂」し漁場造成を試みました。当時は、「砂の上に砂を撒いてどうするのだ。無駄な費用を使うな。」と厳しい意見もありましたが、その結果、その区域だけ稚貝の着定後に育成が確認され、漁場復活の兆しが見え始めました。


モデル地区として関係機関と連携を取りながら調査した結果、

①泥の性質がガタから砂に変わり粒度組成がアサリ貝の成育しやすい環境になったのではないか。

②盛り砂箇所だけ地盤が高くなり浮遊幼生が沈着しやすくなったのではないか。

③イガイの浮遊幼生も沈着しそのイガイがマットを表面に形成し、その下にアサリ稚貝が潜り込み生息しやすくなった。

と考えられています。


平成9年4月(4,100t)、平成10年4月(5,200t)、平成12年6月(2,500t)、平成13年7月(1,300t)、平成14年6月(1,500t)、平成15年6月(1,500t)と継続で干潟一帯に砂散布事業を実施すると共に、有害生物ツベタ貝及びナルトビエイの駆除事業、浮遊するアサリ幼生の漁場へ定着させる竹シバ及び被覆網の設置事業、稚貝移植事業等と漁場改良・管理を実施しています。