川口町のハマグリ漁師家に、佐藤唯ちゃんがやってきました。

「じいちゃん!ばあちゃん!唯が行ぐからなー♪」

川口町のハマグリ漁師、白石義照さん月子さん家に、“山形出身アイドル”佐藤唯ちゃんがやってきました。

番組名は「にじいろジーン」、4月16日(土)午前8時30分からフジテレビ系列の全国ネットで放送されます。




































あいにく強風による悪天候、漁師さんは出漁を見合わせる中、おじいちゃんとおばあちゃんのハマグリ漁のお手伝い。

唯ちゃん、とっても可愛かったので、いつもより多く写真を載せております。

最後に、おじいちゃんとおばあちゃんの思い出の場所、たばこ島にて沈む夕日をバックに撮影が行なわれ、帰港後、撮影が終わり、唯ちゃんが帰られる時には、白石義照さん月子さんは涙ぐんでいました。本当の孫とおじいちゃんとおばあちゃんのように仲良くなられ、ちょこっと感動しました。

お疲れ様でした。



ついでに・・・・

たばこ島に登って白石義照さんと月子さんは永遠の愛を誓った、この島の正式な名前が分からなかったので、住吉漁協に問い合わせしましたところ、色んなことが分かりました。この島についてお話します。「住吉山」に登り、灯台に歩み進め、ドウルー女史の碑から金峰山の方向に目をやると、頂上に、小さな鳥居が祭られ、小さなしめなわで飾られた小さな島が見えます。地元では「たばこ島」と言われていますが、今から千百年ほど前の平安時代の和歌集に詠まれ、物語にも記されている名所だそうです。千百年は「たはれ島」と呼ばれていたそうです。

 伊勢物語 

  名にしおはばあだにぞあるべきたはれ島 波のぬれぎぬ着ぬといふなり

 意味は、「たはれ島だって「たはれ」などという名を持っておりますなら浮気のはずでしょう。でもそれは打ち寄せる波に濡れて濡れ衣を着ているのだと人が申していますよ。」だそうで、伊勢物語に載っているこの和歌は住吉山の麓の風流島を臨む所の和碑に刻まれています。後選和歌集にも詠まれ、清少納言は「枕草子」にも記されています。

 それから時は流れ、加藤清正が肥後の国を治めた時に作られた「慶長国絵図(1604年)には、緑川の河口部に島が一つ描かれ「はだか嶋」と書かれているそうです。

 そして寛政7年(1795年)3月16日、「はだか嶋」を「風流嶋」に変更したいと幕府に届出がなされたと「元禄国絵図」の付札に記されているそうです。それから40年後に作成された「緑川絵図」には「風流嶋」と記されています。

 それ以降、現在まで「風流島」、地元では「たばこ島」と呼ばれています。











  

   

  



一日も早い復興を心よりお祈りいたします

東北地方太平洋沖地震により被災された皆様へ心よりお見舞い申し上げます。

一日も早い復興を心よりお祈りいたします。

被災地への支援等については、全漁連を中心としたJFグループによる
東北地方太平洋沖地震漁業・漁村災害・復興対策本部と連携しながら、
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